みなさんこんにちは。チェスキーです。
2月23日の「カンブリア宮殿」に
業界第4位のリサイクルショップ、エコリング代表の桑田一成(くわたいっせい)さん
が出演します。
創業15年で年商100億円もビックリですが、
それ以上に社長の経歴が波瀾万丈すぎると話題です。
放送まで待ち切れなかったため、
エコリング代表、桑田一成さんの
医者の家系で官僚になったというプロフィール(1ページ目)
エコリング開業までの極貧生活とは(1ページ目)
妻や子供は?(2ページ目)
年収は?(2ページ目)
について、自分で調べてまとめてみました。
元官僚社長は医者の家系でプログラマーも?
名前:桑田一成(くわたいっせい)
誕生日:1968年12月19日(48歳)
出身地:兵庫県姫路市
出身大学:日本大学獣医学部
前職:国家公務員(郵政省)
業界第4位という素晴らしい業績を上げるエコリングを立ち上げた桑田一成さん。
生まれは兵庫県姫路市で、
なんと実家は医者の家系!
最初にお医者さんになった先祖から数えて、桑田さんは14代目に当たるそうです。
しかし、ひいおじいさんの代の11代で、家業としての医者は途絶えているそうです。
そんな桑田さんのお父さんのお仕事は、消費者金融業。
なので、幼いころから品物が質に入れられ、お金になるという仕組みは知っていたものと思われます。
幼い頃は、お父さんの仕事も順風満帆で、
かなり裕福な家庭で育った桑田一成さん。
しかし、次第に事業が傾き、両親も離婚されてしまいます。
何とか高校を卒業し、進んだ大学は日本大学獣医学部。
医者として開業しようと思ったからだそうです。
でも、やはりお父さんの事業失敗が頭の片隅になったのでしょうか。
卒業後はなんと、郵政省に就職し、公務員に!
ものすごく堅い仕事に就かれます。
しかししかし、ここでも社長は腰を据えることはしません。
せっかく難関を突破して公務員になったのに、
30歳で退職。
理由は、
「郵政民営化で将来を悲観した」
からだそうです。
その判断が正しかったかどうかは分かりませんが、
退職してから極貧生活が始まります。
しかしこの極限の極貧生活が、
桑田一成さんを後の社長にする貴重な経験となって行きます。
エコリング開業までの極貧生活とは
普通、仕事を辞めたぐらいでは
極貧生活までにはならないと思うのですが、
他の会社に再就職、という道ではなく、
官僚時代に培ったプログラミング技術一本で生活したい、
と思ったことが原因のようですね。
その考え自体は良かったとは思いますが、
なかなかうまくいかず、次第に貯金も底をつき、
仕方がないので身の回りの物を売って日銭を稼ぐという状態に。
それでも売れる物がなくなって、
今度は知り合いの質屋さんから売るものを買って転売。
これが意外と売れることに気付いたのが、
後のエコリング開業のきっかけになります。
しかし、開業するにもお金がない…
自転車操業の中、プログラムを作成していたそうですが、
いよいよ生活が立ち行かなくなり、消費者金融に借金をするところまでに。
とはいえ、お父さんも消費者金融業だったそうなので、
借金をすることそのものに抵抗はなかったようですが、
運の悪いことに借りた会社が闇金!
なんか、漫画の世界みたいですね@_@;
結局、借金も750万にまで膨れ上がり、
極度の極貧生活に突入。
このレベルになってしまうと、
さすがに桑田一成さんも命を断とうとまで思いつめたそうです。
しかし、そこで「いや、おれが死んだら困るやつが1人いる」と思った相手が
何と借金取りのお兄ちゃん!
普通、家族とかじゃないの!?
と思っちゃったのですが、
桑田一成さんの人の良さが伺えるエピソードだなぁと思いました。
最後の頼みの綱だった融資も断られて火が付いた桑田一成さんは、
2ヶ月間でプログラムを完成させ、2200万円で売却!
その間は、取り立てのお兄さんには
「必死でプログラムを作るから、2カ月電話してくるな!
絶対お金は返すから!」
と言って、本当に有言実行してしまいました。
そして、借金を返した後のお金を使い、
立ち上げたのがエコリングでした。
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